明智平はいろは坂と中禅寺湖の間にあります。
ドライブインにはロープウェイがあり展望台まであがっていけます。
そこで私が目にしたのは・・・・・360度のすばらしいパノラマ景色でした。
前方からは日光が見渡せ、後方からは中禅寺湖と華厳の滝が見えます。
徳川三代のブレーンである天海がこの地を 『明智平』 と名づけたそうです。
なぜ明智平なのか・・・・?
天海の正体は明智光秀だったと言う説がありますが、この地にこの名前をつけた事でそういった説の有力な証拠もあるようです。
また東照宮の中にも明智光秀の家紋である桔梗紋が記されている場所がありました。
なんだかわくわくしてきますね。。。
詳しいことはインターネットで調べてみましたのでご覧ください。
明智平の名前をつけたのは、天海大僧正(てんかいだいそうじょう)といわれています。
実は、この天海大僧正とは、織田信長に謀反を起こし山崎の合戦で敗れた、明智光秀という説があります。明智光秀は本能寺で織田信長を討ち、京都の合戦に敗れ竹やりに襲われ亡くなったと伝えられていますが、襲われたのは影武者で、光秀は天台宗総本山の比叡山に身を寄せたというのです。
その後も生きのびた天海大僧正は、徳川家康公の黒幕になったとされています。天海大僧正は昔の名をどこかに残しておきたくて、日光で一番眺めのよい場所を「明智平」と命名したとも伝えられています。