茶室の障子にやわらかな光が落ちるころ、壁の書画を見上げていると、宿に伝わる一つの昔話を思い出します。幕末、勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟の三人が丸一を訪れ、茶室で軍略を語り合ったという話です。
旅籠屋丸一の幕末三舟の逸話は、私たちが大切に聞き継いできたもの。今日はこの宿に伝わる話にそっと耳を傾け、古い宿の夜へ想像の灯りをともしてみたいと思います。
小千谷の戦いと、三国街道の宿をつなぐ想像
慶応4年、現在の新潟県小千谷市では、長岡藩家老の河井継之助と新政府軍の岩村高俊が慈眼寺で談判しました。小千谷市の資料によれば談判は決裂し、やがて朝日山や榎峠の周辺は激しい戦いの舞台となります。北越の空気が張りつめた時代だったことは、確かな記録からたどれます。
猿ヶ京は、山を越えて越後へ向かう三国街道にあります。街道沿いの宿にも、越後から旅人の足音や戦の知らせが届いたのでしょうか。小千谷の出来事と丸一に残る逸話を思い合わせると、峠を越えてきた人々の息づかいまで想像したくなります。
茶室に残る、声のない一夜
宿では、三人が丸一へ立ち寄り、茶室で話し合ったと伝えられています。もしそんな夜があったなら、湯の沸く音の向こうで、どんな言葉が交わされたのでしょう。地図を広げたのか、ただ黙って茶碗を手にしたのか。静かな部屋には、想像を遊ばせる余白が残ります。
いま写真に写るのは、現在の旅籠屋丸一の茶室です。障子や道具は時を経て姿を変えても、客を迎え、ひと息つく場所に流れる静けさは、昔話の続きを聞かせてくれるようです。
書画は、客人との出会いの名残でしょうか

丸一には、昔から数多くの書画が残っています。代々の当主は芸術に造詣が深く、画家や名のある人を迎えて、滞在の記念に筆を執ってもらったようだ――これも宿に伝わる話です。名のある人を迎えた当主は、どんな話をし、どんな一筆をお願いしたのでしょう。
紙の色、墨のかすれ、額の重み。泊まった人が一筆を残し、宿の人が大切に守ったのかもしれない。作品との出会いに思いを巡らせる、その慎ましいロマンこそ、書画と暮らす宿ならではの楽しみだと思っています。
三人の人物像と当館に伝わる額については、先に公開した幕末三舟の書を旅籠屋丸一で読むにもまとめています。三人の筆跡に思いを寄せる時間を、そちらでもご紹介しています。
伝承を、伝承のまま大切に

国立国会図書館は、勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟が「幕末三舟」と呼ばれる由来や、それぞれの役割を紹介しています。そこに、丸一で聞き継がれてきた茶室の話を重ねると、遠い時代の三人が少し身近になります。逸話は逸話として、これからも大切に語り継いでいきたいものです。
宿の昔話は、史料ではないから価値がない、とは思いません。誰かが聞き、忘れずに次へ渡したこと自体が、土地の記憶です。宿帳や手紙がいつか姿を現したら、この話もまた新しい輪郭を持つかもしれません。いまは書の前で立ち止まり、それぞれの胸に浮かぶ一夜を楽しんでいただけたらうれしいです。忙しい日常から少し離れ、古い紙と静けさに向き合う時間も、私たちが考える回復の余白です。
宿の歩みや現在の館内については旅籠屋丸一公式サイトをご覧ください。小千谷の歴史は小千谷市の「岩村・河井会見の処」、三舟の人物像は国立国会図書館「あの人の直筆」で確かめられます。
三舟の来訪や茶室での語らい、書画にまつわる話は、丸一に伝わる逸話としてご紹介しています。写真は現在の茶室と、宿で大切にしている書画です。
この記事を書いた人
窪田 一生
旅籠屋丸一 代表取締役/15代目
群馬県・猿ヶ京温泉生まれ。幼少期からテニスに打ち込み、全国大会やオーストラリア留学を経験。
帰国後、堀越高校、中央大学へ進学。
卒業後は中国整体・サプリメント・アロマ関連など、人の身体や暮らしに関わる仕事に携わる。
現在は旅籠屋丸一の代表取締役・15代目として、歴史を受け継ぎながら宿の新しい未来に挑戦中。
このブログでは、猿ヶ京温泉や旅の魅力、宿づくりへの想いをお届けします。

