猿ヶ京温泉の武者行列が温泉街を進んだ2015年10月24日。甲冑姿の人々が歩き、火縄銃の演武や力強い勝ち鬨で町がにぎわった一日を、当時の記事とみなかみ町の記録から振り返ります。
普段は湯けむりの似合う静かな温泉街に、戦国の物語が重なった秋の日でした。大切なのは、勇ましい衣装を見ることだけではありません。地域に伝わる話を皆で演じ、歩き、次の世代へ手渡そうとした時間そのものに、この催しの魅力がありました。
上杉謙信と猿ヶ京に残る物語
猿ヶ京には、上杉謙信が関東へ向かう途中に三国峠を越え、この地へ立ち寄ったという伝承があります。猿ヶ京温泉観光情報協会の公式案内では、当時「宮野」と呼ばれていた場所に謙信が訪れたとする「猿ヶ京温泉の由来」が紹介されています。
地名にまつわる話は、史実として確定した出来事だけでなく、土地の人々が長く語り継いできた伝承でもあります。山道を越えてきた武将の姿を想像しながら町を歩くと、現在の風景の奥に、昔の街道の時間が見えてくるようです。
2015年、第3回の武者行列
みなかみ町の広報「みなかみ」2015年12月号は、10月24日に猿ヶ京温泉街で第3回上杉謙信武者行列が開催されたと記録しています。旧記事でお知らせしていた日程と一致し、当日はまんてん星の湯を主な会場として催しが行われました。
町の記録によれば、武者行列のほか、新潟県栃尾衆鉄炮隊による火縄銃の演武、越後上越上杉謙信おもてなし武将隊の演技、子どもたちの武将体験などがあり、多くの家族連れでにぎわったそうです。見る人も参加する人も、それぞれの形で歴史の一日を楽しみました。
温泉街が舞台になる面白さ
行列の舞台は、特別につくられた城下町ではなく、いつもの猿ヶ京温泉街でした。見慣れた道を武者が進むと、町の表情が一変します。宿や店、山並みを背景に甲冑が連なる風景には、この土地ならではの親しみがあります。
旅館へ向かう道も、歴史を思い浮かべて歩けば違って見えます。行列が通った場所を正確にたどる案内ではありませんが、三国街道と温泉の関わりへ心を向ける入口にはなります。旅の途中で少し立ち止まり、町が重ねてきた物語を想像するのも楽しいものです。
地域でつくった、にぎやかな一日
2015年の催しは、猿ヶ京温泉武者行列実行委員会などが中心となって開催されました。大勢が参加する行列は、一人ではつくれません。衣装を整える人、進行を支える人、沿道から声を送る人。それぞれの力が集まり、町全体の思い出になっていきます。
翌2016年にも、みなかみ町は第4回の開催と約120人の参加を記録しています。一方で、本記事は現在の開催日や継続状況を案内するものではありません。これからの開催予定は、その年の公式発表をご確認ください。
歴史に触れたあとは、温泉でひと息
甲冑や勝ち鬨の力強さを楽しんだあと、温泉で静かな時間へ戻る。その切り替わりも、温泉地の催しならではです。にぎやかな町歩きと、宿で過ごす落ち着いた夜が、一日のなかで自然につながります。
湯に浸かりながら、その日に見た景色を思い返す。身体への効果をうたうのではなく、忙しい日常から少し離れ、気分と時間に回復の余白をつくる。歴史の物語に触れる旅にも、そんな静かな締めくくりが似合います。
猿ヶ京の由来を、もう少し知りたい方へ
地名と上杉謙信の伝承については、猿ヶ京温泉観光情報協会「猿ヶ京温泉の由来」をご覧ください。2015年の催しの記録は、みなかみ町広報2015年12月号で確認できます。
現在の観光情報や宿の案内は、各公式サイトで最新情報を確かめてからお出かけください。旅籠屋丸一のご案内は、公式サイトにまとめています。
この記事について
初回公開:2015年10月22日/全面更新:2026年8月10日。2015年10月24日に開催された第3回上杉謙信武者行列の旧告知を、みなかみ町および猿ヶ京温泉観光情報協会の公式資料を参照して、過去の開催記録へ再構成しました。現在または今後の開催、出演者、時刻、会場を告知する記事ではありません。画像は第2段階で権利確認後に追加します。
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この記事を書いた人
窪田 一生
旅籠屋丸一 代表取締役/15代目
群馬県・猿ヶ京温泉生まれ。幼少期からテニスに打ち込み、全国大会やオーストラリア留学を経験。
帰国後、堀越高校、中央大学へ進学。
卒業後は中国整体・サプリメント・アロマ関連など、人の身体や暮らしに関わる仕事に携わる。
現在は旅籠屋丸一の代表取締役・15代目として、歴史を受け継ぎながら宿の新しい未来に挑戦中。
このブログでは、猿ヶ京温泉や旅の魅力、宿づくりへの想いをお届けします。

