山の冬は、のんびり待ってはくれません。空の色が少しずつ冬らしくなってきた2016年の暮れ、庭では「雪が積もる前に屋根を」と、瓦を葺く手が急ピッチで動いていました。
壁に色が入り、屋根に瓦が並ぶと、それまで図面の中にいた建物が、急にこちらを向いて立ち上がったように見えます。そして私たちが最初に口にしたのは、建築の専門用語ではなく、なんとも素朴なひと言でした。
「思っていたより、大きいなあ」
この記事は、温泉付き客室がまだ工事中だった頃の記録です。現在の間取りや予約条件をご案内するものではありませんが、宿が新しい一歩を踏み出した日の空気を、少しだけ一緒に味わっていただければうれしいです。
庭に現れた、五つの建物
丸一から万葉亭へ向かう途中、かつて庭だった場所に二棟。反対側にも二棟。そして、その奥にもう一棟。少し前までは土と柱ばかりだった場所に、五つの客室の輪郭が見え始めました。
駐車場側の屋根には銅板が張られ、高さのある屋根が冬空へ伸びていました。瓦が並び、塗装が進むたび、万葉亭の落ち着いた佇まいとも少しずつ馴染んでいく。その変化を毎日眺められたのは、宿づくりの最中ならではの楽しみでした。
「正明」と「彦司」という名前
二つの客室には「正明」「彦司」という名をつける計画でした。旧記事には、丸一の歴史を支えた人物への感謝を込めた名前だと記されています。
宿の部屋に人の名をつけると、不思議と建物が少し近く感じられます。ただ泊まるための箱ではなく、長い時間の中で宿をつないできた誰かの気配を受け継ぐ場所になる。名前を決めた当時、そんな思いがあったのでしょう。
庭の左手には「友七」と「文蔵」
庭の左側、手前に並ぶ二棟は「友七」と「文蔵」。旧記事では、正明・彦司より少し大きめの建物として紹介されていました。
まだ家具も灯りも入っていない頃ですから、見えるのは柱と壁と窓の向こうの景色。それでも「ここで誰がどんな夜を過ごすのだろう」と想像すると、空っぽの部屋が急ににぎやかに感じられました。
いちばん奥の「友右ェ門」
いちばん奥に計画された「友右ェ門」は、工事中の段階でも思わず笑ってしまうほど広く見えました。二人で静かに過ごす日もあれば、家族や仲間が集まり、お祝いの夜を囲む日もある。完成前から、いろいろな滞在の景色を想像していたことが旧記事に残っています。
広さや定員、寝具の数は現在の公式情報をご覧いただく必要がありますが、「みんなでワイワイ過ごせる場所にしたい」という当時の気持ちは、工事途中の文章からもよく伝わってきます。
屋根の向こうに思い描いた春
瓦が付き、塗装が進んだ建物の向こうには、以前につくった池がありました。工事に伴う掘削で水が出たことから、いつか蛍が舞う環境へつなげられないか――そんな夢も旧記事には書かれています。
その計画がどこまで実現したかを、この記事だけから現在の事実としてお伝えすることはできません。それでも、客室をつくるだけでなく、庭や水辺、その先の季節まで一緒に育てようとしていたことは、当時の宿づくりを語る大切な一場面です。
完成した客室へ、時間は続いています
工事中は、柱一本、瓦一枚にも目が留まります。完成してしまえば見えなくなる部分にこそ、職人さんの仕事や、宿側の迷いと楽しみが詰まっていました。
現在の客室については、温泉付き客室「正明・彦司」の案内や旅籠屋丸一公式サイトをご覧ください。空室や料金などは、その日の予約画面がいちばん確かです。
冬空の下で少しずつ形になった建物が、今は誰かの旅の時間を包んでいる。そう思うと、宿をつくることは、未来の思い出を先に用意する仕事なのかもしれません。どうぞ滞在の中に、日常からふっと離れる回復の余白を見つけてください。
この記録について
初回公開:2016年12月26日/全面更新:2026年8月10日。旧記事に記された工事状況と名称計画を基に再構成しました。人物名の詳しい系譜、池や蛍の現在、客室の現行仕様は断定していません。期限切れの開業案内と広告リンクは削除し、画像は権利確認後の第2段階で追加します。
旅籠屋丸一のご予約
空室、料金、宿泊プランは日付・人数・客室によって変わります。最新情報は旅籠屋丸一の公式予約ページでご確認ください。
予約を確定する前に、宿泊日、人数、客室、食事、合計料金、変更・取消条件をご確認ください。
この記事を書いた人
窪田 一生
旅籠屋丸一 代表取締役/15代目
群馬県・猿ヶ京温泉生まれ。幼少期からテニスに打ち込み、全国大会やオーストラリア留学を経験。
帰国後、堀越高校、中央大学へ進学。
卒業後は中国整体・サプリメント・アロマ関連など、人の身体や暮らしに関わる仕事に携わる。
現在は旅籠屋丸一の代表取締役・15代目として、歴史を受け継ぎながら宿の新しい未来に挑戦中。
このブログでは、猿ヶ京温泉や旅の魅力、宿づくりへの想いをお届けします。

