温泉旅館で読書をするなら、何冊も持たなくてよいと思います。読みかけの一冊を、鞄の隅へ。開かないまま帰っても、それは失敗ではありません。
宿にいると、ときどき本を胸に抱えて廊下を歩くお客様をお見かけします。お連れ様とは別々の本を選び、同じ灯りのそばで過ごしている。その静かな姿を見るたび、遠くまでお越しくださったことへの感謝とともに、旅には何もしない時間も必要なのだと思います。
温泉旅館で読書をするなら、一冊だけ
旅先で読む本は、最後まで読まなければならない本ではなく、いまの気分に寄り添う一冊で十分です。短い随筆、何度も読んだ物語、旅先で買った小さな本。十ページで閉じても、その十ページは家で読むときとは違う景色を持っています。
予定を詰めた旅行では、読む時間まで予定にしてしまいがちです。けれど『夕食のあと、少し開いてみよう』くらいがちょうどよい。ページに追われず、眠くなったら閉じる。宿の夜には、そんな読み方が似合います。
湯上がりの灯りに、本を置く

湯上がりに温かい飲み物を用意して、本を開く。紙の手触り、湯のみを置く小さな音、行灯の明るさ。普段なら聞き流しているものが、静かな夜には近く感じられます。
丸一が大切にする『回復』は、急いで答えを出す日常から少し離れ、自分の速さを取り戻す時間を表す言葉です。一行読んで窓の外を見る。その間にも、日常に持ち帰れる回復の余白が生まれます。
二人旅でも、別々のページを
一緒に旅をしていても、いつも同じことをしなくてよいのだと思います。隣で別々の本を読み、ふと顔を上げたときだけ言葉を交わす。『ここが面白かった』と一節の感想を渡せば、それも旅の記憶になります。
スマートフォンを遠ざけることを決まりにする必要もありません。ただ、画面を伏せて一ページだけ読んでみる。その小さな選択が、夜の長さを少し取り戻してくれます。
読み終えなくても、朝は来ます

本を閉じて窓を見ると、山の夜は深い青へ変わっています。読み終えたかどうかより、立ち止まれたことの方が大切です。しおりを挟んだ場所には、その夜の灯りや空気も一緒に残ります。
翌朝、続きを開いてもよいですし、そのまま鞄へ戻してもよい。旅から帰ったあと、同じページを開けば、猿ヶ京の静けさを思い出すきっかけになるでしょう。
お越しくださる皆さまへ
忙しい毎日の中から時間をつくり、山あいの宿までお越しくださることに、いつも感謝しています。観光をたくさん巡る旅も、一冊とともに静かに過ごす旅も、どちらもその方らしい大切な旅です。
旅籠屋丸一の過ごし方は丸一について、客室は客室案内、ご宿泊は予約ページでご確認いただけます。読みかけの一冊とともに、どうぞゆっくりお越しください。
この記事を書いた人
窪田 一生
旅籠屋丸一 代表取締役/15代目
群馬県・猿ヶ京温泉生まれ。宿の日々にある季節の気配と、お越しくださる皆さまへの感謝を『宿主の独り言』としてお届けしています。
掲載画像は利用イメージです。実在のお客様や旅籠屋丸一の特定の客室・眺望を撮影したものではありません。

