三国街道の記憶を今へ――猿ヶ京温泉で約300年続く旅籠屋丸一

三国街道の猿ケ京宿で栄えた場所の記録

群馬県みなかみ町、三国峠の麓に広がる猿ヶ京温泉。

江戸と越後を結んだ三国街道を、人や荷、文化が行き交った時代から、この地で旅人を迎えてきた宿があります。

その宿が、私で15代目となる「旅籠屋丸一」です。

創業は江戸時代の享保13年、西暦1728年。以来、およそ300年にわたり、代々受け継がれてきました。

古いものをただ残すのではなく、そこに込められた思いを受け取り、今の時代にふさわしい宿へとつないでいく。今回は、猿ヶ京温泉と三国街道の歴史をたどりながら、旅籠屋丸一が歩んできた物語をご紹介します。

三国街道の要衝として栄えた猿ヶ京

三国街道は、高崎で中山道から分かれ、三国峠を越えて越後・佐渡へと至る街道でした。

江戸時代には、越後諸藩の参勤交代や佐渡奉行の往来にも使われた重要な道です。日本海側と太平洋側を結ぶ主要路として、米や塩を運ぶ人々、商人、旅人など、多くの人が行き交いました。

その三国街道の要衝に位置していたのが、猿ヶ京です。

寛永8年(1631年)に設置されたと伝わる猿ヶ京関所は、江戸の北を守る重要な関所として位置づけられていました。現在も「猿ヶ京関所跡並びに旧役宅」が残され、かつての街道の面影を伝えています。

「猿ヶ京」という地名には、上杉謙信にまつわる伝承もあります。謙信が三国峠を越えて関東へ向かう途中、この地に立ち寄り、自らの干支にちなんで名付けたといわれています。

史跡だけでなく、民話や語り、地域の風習が今も受け継がれていることも、猿ヶ京ならではの魅力です。

猿ヶ京温泉が歩んできた歴史

猿ヶ京周辺では、古くから温泉が人々に親しまれてきました。

江戸時代には「笹の湯」「湯島温泉」と呼ばれる温泉地があり、三国街道を行き交う旅人たちの休息の場となっていました。

その後、相俣ダムの建設によって旧温泉街は赤谷湖の湖底へ移り、温泉街も現在の場所へ移転。こうして今日の猿ヶ京温泉へとつながっています。

赤谷湖の静かな景色と、街道の歴史を感じさせる史跡。その両方に出会える猿ヶ京温泉は、ただ温泉に入るためだけの場所ではありません。

慌ただしい日常から少し離れ、自分の時間を回復していく。そんな旅が似合う温泉地だと思います。

享保13年、初代・林友右エ門が開いた「丸一屋」

旅籠屋丸一の始まりは、享保13年(1728年)にさかのぼります。

初代は、林友右エ門。当時は「丸一屋」と呼ばれ、三国街道沿いの旅籠として旅人を迎えていました。

初代・友右エ門の名は、当館に残る過去帳だけでなく、『群馬県史 資料編12』に収録された「諸業高名録」にも記されています。当時の史料の中央に見える「丸一屋 友右エ門」の文字は、丸一の歩みが家族の記憶だけではなく、地域の歴史の一部であることを伝えてくれます。

越後から米や塩を運ぶ人々。江戸方面から品物を求めて訪れる商人たち。

街道に人の往来が絶えなかった時代、丸一屋は旅人が足を休め、食事を取り、次の道のりへ向かうための宿でした。

15代にわたって受け継がれた宿の物語

丸一の歴史は、初代から私たちの世代まで、まっすぐ一本の道だったわけではありません。

七代目・林友七は、諸国を巡る馬喰として財を成し、書画や美術に深い関心を寄せました。画学生や絵師を宿に迎え、作品を描かせ、全国から多くの書画を集めたと伝わっています。

現在も館内に飾られている書画や調度品には、七代目の美意識が息づいています。玄関ホールでお客様を迎える六枚の屏風絵も、その時代から受け継がれてきたものの一つです。

八代目・林彦司は蘭方医として学問の道を究め、人々の健康に尽くしました。

それぞれの当主が異なる道を歩みながらも、土地や家、受け継いだ品々を次代へ渡してきました。一時は宿が副業となり、本格的な旅籠としての役割から離れた時期もありましたが、13代目によって再び宿の灯がともされました。

そして現在、私が15代目として丸一の歴史を受け継いでいます。

明治の蔵を再生した「蔵の湯」

旅籠屋丸一では、歴史を展示物として保存するだけでなく、今の滞在の中で体験できる形へと生かしています。

その象徴が「蔵の湯」です。

明治時代に七代目・友七が建てた蔵を解体し、使える古材を生かして湯処へと再生しました。高く組まれた梁や箱階段、長持など、長い年月を重ねた木の表情が残されています。

失われかけた建物に新しい役割を与え、次の時代へつなぐ。それは、私たちが考える「継承」の一つの形です。

館内の黒漆喰や木のぬくもり、書画や工芸品も含め、丸一での滞在そのものを、時を超えた物語に触れる体験にしたいと考えています。

古い宿であり、新しい時間をつくる場所

旅籠屋丸一が大切にしているのは、「和美心」という考え方です。

約300年の歴史と日本の伝統美を表す「和」。
館内に受け継がれてきた書画や、素材の美しさを表す「美」。
訪れる方の記憶に静かに残る、おもてなしの「心」。

歴史ある宿だからこそ、昔の形をそのまま守るだけではなく、今を生きるお客様が心地よく過ごせる場所でありたいと思っています。

必要以上に踏み込まず、それぞれの時間を自由に楽しんでいただく。温泉に身を委ね、書画を眺め、里山の風を感じながら、日常に「回復の余白」を持ち帰っていただく。

それが、現代の旅籠屋丸一が提供したい旅の時間です。

15代目として、次の時代へ

初代・林友右エ門が丸一屋を開いてから、およそ300年。

三国街道を行き交う人々の姿は見えなくなりましたが、旅人を迎える宿の心は、今も変わりません。

柱や梁、書画、器、そして家族の記憶。一つひとつに耳を傾けながら、守るべきものを守り、変えるべきものを少しずつ変えていく。それが15代目である私の役割だと考えています。

猿ヶ京温泉を訪れた際には、ぜひ旅籠屋丸一で、三国街道とともに歩んできた時間を感じてみてください。

ここには、約300年にわたって紡がれてきた物語があります。そして、その続きをつくるのは、これからこの宿を訪れてくださる皆様です。

旅の一夜が、日常へ戻るための静かな回復の時間になりますように。