猿ヶ京温泉 夏の朝は、夜の静けさを少し残したまま始まります。庭の葉が朝の光を受け、館内では湯の音と、朝食を用意する小さな物音が重なっていきます。
昨日まで知らなかった方が玄関をくぐり、一晩をここで過ごし、またそれぞれの日常へ帰っていく。宿を営んでいると、それは毎日の風景でありながら、一度として同じ朝ではないのだと感じます。今日は土曜日。いつもの観光案内から少し離れて、宿主の独り言にお付き合いください。
玄関の灯りに込める、お待ちしていました
夕方、玄関の灯りが見え始めるころ、お客様の車が一台ずつ到着します。長い運転を終えた方、電車とバスを乗り継いだ方、家族でにぎやかに来られた方。旅の始まり方はそれぞれです。
私たちが玄関でお伝えしたいのは、難しい言葉ではありません。「遠いところ、ありがとうございます」「どうぞ、ゆっくりしてください」。その二つに尽きます。宿にとっては何度目かの土曜日でも、お客様にとっては、ずっと前から予定してくださった大切な一日かもしれません。そのことを忘れずにいたいと思っています。
湯のそばで、何もしない時間を

猿ヶ京まで来たら、予定を全部埋めなくてもよいのだと思います。湯船に映る木々を眺めたり、廊下を歩く音に耳を澄ませたり、部屋で飲み物を一杯ゆっくり味わったり。旅先で生まれる余白は、目立たないけれど、帰ってからふと思い出すものです。
丸一が大切にする「回復」は、医療的な効能を表すものではありません。時間に追われる日常から少し距離を置き、自分の速さを思い出すこと。何もしない自分を許せること。そんな気分と時間のための言葉です。
夏の朝食には、土地の季節が顔を出します

朝食の支度が進むころ、食事処には出汁や焼き物の香りが漂います。夏のみなかみ町では、直売所や畑にトマト、きゅうり、なす、とうもろこしなど、色の濃い野菜が並ぶ季節です。実際のお料理は当日の仕入れや宿泊プランによって変わりますが、できるだけ季節の気配を食卓へ届けたいと考えています。
朝ごはんは、観光へ出発する前の燃料だけではありません。昨夜の出来事を話したり、今日の行き先を相談したりする時間でもあります。お皿が空になり、「おいしかった」と一言いただけると、厨房にも私たちにも、その日の元気な空気が流れます。
お見送りのあとに残るもの
チェックアウトの時間になると、玄関はまた少しにぎやかになります。「今度は紅葉のころに」「次は両親も連れてきます」。そんな言葉をいただくことがあります。もちろん、言葉がなくても、振り返って手を振ってくださる姿だけで十分です。
お見送りのあと、客室を整え、湯を見て、庭を掃き、次のお客様を迎える準備が始まります。宿の一日は円のようにつながっています。その真ん中にあるのは、建物でも温泉でもなく、ここを選び、足を運んでくださるお客様です。
今日も、猿ヶ京でお待ちしています
夏の山あいは、昼には蝉の声が濃くなり、夕方になると少しずつ風が変わります。季節の速さに追いつけない日もありますが、玄関の灯りをつけるたび、「今日も誰かを迎えられる」とありがたく思います。
これまで丸一へ来てくださった皆さま、これから旅を考えてくださる皆さま、本当にありがとうございます。慌ただしい毎日の途中で、猿ヶ京の湯と静かな朝を思い出していただけたらうれしいです。
宿での過ごし方は、旅籠屋丸一の貸切サウナ「佐助」の記事でもご紹介しています。ご宿泊を検討される際は、旅籠屋丸一公式サイトで最新のプランと空室をご確認ください。
この記事を書いた人
窪田 一生
旅籠屋丸一 代表取締役/15代目
群馬県・猿ヶ京温泉生まれ。現在は旅籠屋丸一の15代目として、歴史を受け継ぎながら、今の旅人にとっての「回復の余白」を宿の時間へつなぐ仕事をしています。このブログでは、猿ヶ京温泉、宿づくり、季節の小さな出来事を宿主の目線でお届けします。
朝食内容や使用食材は、季節、仕入れ、宿泊プランによって変わります。写真は提供例です。

