旅籠屋丸一 古道具のなかでも、つい足を止めて見てしまうのが、館内に置かれた古箪笥です。いくつもの引き出しと、丸く大きな金具。木肌には細かな傷があり、金具の色にも長い時間がにじんでいます。
旅籠屋丸一には、書画だけでなく、時計や箪笥、器など、代々の暮らしのそばにあったものが残っています。博物館のように年代順に並べているわけではありません。廊下を曲がった先、客室へ向かう途中、ふと目に入る場所にある。それが、宿の古道具らしい佇まいなのかもしれません。
引き出しの数だけ、宿の仕事があったのでしょう
写真の箪笥には、大小の引き出しが重なり、正面には鉄の金具が据えられています。何をしまっていたのか、現在の姿から一つに決めることはできません。帳面だったのか、布だったのか、それとも日々使う細かな道具だったのか。ここからは想像ですが、引き出しを開ける音は、かつての宿の仕事の音でもあったのでしょう。
国立国会図書館のレファレンス資料によると、引き出しのある箪笥は江戸時代に現れ、17世紀末から18世紀初めにかけて普及していったと考えられています。それ以前の収納では、長持などの箱が広く使われていました。箱のふたを開ける収納から、必要なものを引き出しで分ける収納へ。箪笥は、暮らしや仕事の細分化とともに育った道具だったようです。

時計が刻んだ時間と、宿で取り戻す時間
古箪笥の近くには、木の枠に収まった振り子時計もあります。文字盤の数字は少し薄れ、ガラス越しの針だけが凛としています。時計は本来、時刻を正確に知るための道具です。けれど宿で眺めていると、急ぐためではなく、過ぎてきた時間を感じるための道具にも見えてきます。
何代もの宿主が朝を迎え、お客様を見送り、また次の旅人を迎える。その繰り返しのなかで、道具は新しいものへ替わり、古いものは役目を終えます。それでも捨てずに残された品には、便利さとは別の価値があります。日常の時計から少し離れ、自分の速さを取り戻す。丸一が大切にする「回復する時間」は、こうした古いものの静けさからも始まる気がします。
書画と古道具が同じ廊下にある理由
丸一の館内では、古箪笥の上に器が置かれ、壁には書画が掛かっています。道具と作品を厳密に分けるのではなく、一つの景色として並んでいる場所があります。

昔の宿では、食べること、眠ること、商いをすること、客人と話すことが、今ほど別々の空間に分かれてはいなかったでしょう。手を動かす道具と、心を遊ばせる書画が同じ暮らしの中にある。丸一の廊下に残る景色からは、そんな時代の感覚が伝わってきます。
館内を歩くときは、有名な作品だけでなく、足元の箪笥や棚の金具にも目を向けてみてください。木の継ぎ目、引き手の形、何度も磨かれた角。小さな部分ほど、つくった人と使った人の手が見えるものです。
猿ヶ京温泉の旅籠で、古いものを見る楽しみ
猿ヶ京温泉は、三国街道を行き交った人々の記憶が残る土地です。丸一もまた、旅人を迎える宿として長い時間を重ねてきました。古箪笥一棹だけから宿のすべての歴史を語ることはできませんが、その前に立つと、かつてここで働いた人の手元を想像できます。
夕食や温泉の前後に、館内を少しゆっくり歩いてみてください。古道具は大きな声で由来を語りません。けれど、木と鉄の表情を眺めているうちに、いま過ごしている一泊が、長い宿の時間の続きにあることに気づかせてくれます。
旅籠屋丸一の施設案内では、フロントや茶室、離れなど館内の様子をご覧いただけます。
東京方面から旅籠屋丸一へのアクセス
お車の場合は、練馬ICから関越自動車道で月夜野ICまで約90分、月夜野ICから国道17号を猿ヶ京温泉方面へ約20分が公式案内の目安です。
公共交通の場合は、東京駅から上越新幹線で上毛高原駅まで約89分、上毛高原駅から関越交通バスで終点の猿ヶ京まで約35分です。道路状況や時刻表は変わることがありますので、地図・経路・最新の交通案内はこちらからご確認ください。
箪笥の成立と普及に関する一般情報は、国立国会図書館レファレンス協同データベース掲載資料を2026年9月28日に確認しました。館内の古道具は外観から種類や年代を断定せず、現在の展示風景として紹介しています。交通情報は同日、旅籠屋丸一公式サイトで確認しました。
この記事を書いた人
窪田 一生
旅籠屋丸一 代表取締役/15代目
群馬県・猿ヶ京温泉生まれ。現在は旅籠屋丸一の15代目として、歴史を受け継ぎながら宿の新しい未来に挑戦中。このブログでは、猿ヶ京温泉や旅の魅力、宿づくりへの想いをお届けします。

